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長野県
長野県(ながのけん)は、本州内陸側に位置する、日本の県の一つ。
面積は全国第4位。かつての信濃国にほぼ相当するので、「信州」(しんしゅう)と呼ばれることも多く、特に観光ガイドでは「信州」と呼ぶ。
県庁所在地は長野市で、善光寺の門前町として発展し、第18回冬季オリンピックの開催地となった都市である 。
長野県のデータ
地方 中部地方、甲信越地方
団体コード 20000-0
ISO 3166-2 JP-20
面積 13,585.22km2
※境界未定部分あり
総人口 2,186,334人
(2007年3月1日現在)
隣接都道府県 新潟県、群馬県、埼玉県、山梨県、静岡県、愛知県、岐阜県、富山県
県の木 白樺
県の花 リンドウ
県の鳥 雷鳥
他の
シンボル
県の歌:信濃の国
県獣:ニホンカモシカ
長野冬季五輪開催記念日:2月7日
長野県庁
所在地 〒380-8570 長野県
長野市大字南長野字幅下692番2号
電話番号 026-232-0111(代表)
外部リンク 長野県庁の公式ページ
位置 東経138度10分50秒
北緯36度39分2秒
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
長野県の地域的特徴
北信、東信、中信、南信の4地域は、自然地理や歴史や交通などの各面で、特徴が全く異なっている。これは、「信濃の国」(県歌)における「松本、伊那、佐久、善光寺」の四区分にも象徴されている。
信越本線・国道18号や上信越自動車道の沿線である北信と東信は、千曲川流域で北国街道沿線に当たり、戦国時代には上杉氏の支配圏に置かれた為に、日本海側(特に頚城地方)、或いは群馬県や東京との繋がりが深い。
北信は、飛騨山脈のすぐ東側に位置しており、豪雪地帯でスキー場も多い為に、北陸の一部だと見なされる事も多く、海水浴で日本海へ行く者も多い。近年では、「首都圏から最も近い日本海側」として、首都圏からの観光客も多く訪れている。
一方の東信は、中山道と北国街道の合流点であった歴史的経緯から、日本海側のみならず、浅間山や碓氷峠を越えた群馬県との交流も深い。
又、道路で雁坂峠の国道140号が開通する前には、碓氷峠~東信~山梨県~静岡県大井川以東のルートが、国道16号圏内を経由せずに関東地方内を迂回する最短ルートとなっていた為に、関東志向が最も強い地域になっている。
この為に、「関東と北陸の折衷地域」という様相を呈している。
これらに対して、中央本線・飯田線や中央自動車道の沿線である中信と南信は、戦国時代には諏訪氏や武田氏の支配圏に置かれた地域で、内陸側同士(山梨県、東濃など)や太平洋側(東京都、東三河地方など)との繋がりが深く、日本海側である北信との繋がりは浅い。
南信は、天竜川流域に位置する為に、太平洋側でも遠州灘沿岸(東三河地方、遠江地方)との繋がりが特に深く、次いで山梨県や東京都との繋がりが深い。
メディアでも、太平洋側に本拠地を置く中日新聞の販売エリアに入っている。又、鎌倉と京都から等距離に位置するために、文化圏も関東系と近畿系が折衷している。
一方の中信は、中山道と甲州街道の沿線として発展した地域で、内陸側で隣接する山梨県(甲州街道沿線)や東濃(中山道沿線)との交流も多く、特に武田氏の支配圏に置かれた山梨県との繋がりが深い。
太平洋側では、東京都との繋がりが深い一方で、東三河地方や静岡県との繋がりは浅い。
気候では、南信・中信・東信は内陸性気候の地域であるのに対して、北信は日本海側気候の地域になっている。
水系でも、北信・東信・松本地域が日本海側水系に属するのに対して、南信・諏訪郡・木曽郡は太平洋側水系に属している。
又、私立大学の地方入試会場を見ると、北陸4県の私立大学は長野に、濃尾2県や遠州灘沿岸の私立大学は松本に、それぞれ地方入試会場を設ける事が多い。
一方で、首都圏や京阪神の私立大学は、長野と松本の割合が半々となっている。
従って、長野県全域としてではなく、「上信」(上野国・信濃国)の呼称は東信を指し、「信越」(信濃国・越後国)の呼称は北信を指し、「上信越」(上野国・信濃国・越後国)の呼称は東信と北信を指し、「三遠信」(三河国・遠江国・信濃国)の呼称は南信を指すと考えることもできる。
特徴としては、「上信越」は観光や交通網で総まった経済連合、「三遠信」は反県庁所在地の政治連合という色が濃い。
南信の場合は、「三遠信」というよりも、より明確に「三遠南信」という名称で呼ぶ事も多い。主な名称としては、三遠南信自動車道、三遠南信地域交流ネットワーク会議、三遠南信サミット、三遠南信地域整備連絡会議、三遠南信地域経済開発協議会、といった機関がある。
こうした動きからも、特に飯田を初めとする伊那盆地では、「伊那は北陸ではないし、北関東でもない」「長野や直江津と一緒にされたくない、
浜松や豊橋と一緒になりたい」と念願する姿勢が強い。
地域的な食い違いを解消する為に、県を北(水内)・東(佐久)・中(筑摩)・南(伊那)に四分割する案も存在する。
又、もしも道州制を敷く際にも、区割りでは中央自動車道沿線と上信越自動車道沿線を別々にする案もある。2006年2月28日に、地方制度調査会が道州制の区割り案を発表した際に、当時の田中康夫知事は、「長野県全域が北関東というのはいかがなものか?」と発言した。
次いで、2006年10月の知事選挙で当選した村井仁知事は、「長野県は分割してもいい」と発言しているが、
木曽町出身で長野県松本深志高等学校のOBであり、中信側の人物である。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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